2014年02月24日

マックスのラブレター


時間が経ってもいいものはいいね。
いつか自力で納得の翻訳をしたいです。

A Message from Max

コピーライトマークJ.D.Ellis 2001
rottweilerdriver@aol.com


My name is Max and I have a little something I'd like to whisper in your ear.
I know that you humans lead busy lives. Some have to work, some have
children to raise.
It always seems like you are running here and there, often much to fast,
often never noticing the truly grand things in life.
Look down at me now, while you sit there at your computer. See the way my
dark brown eyes look at yours? They are slightly cloudy now, that comes with
age. The grey hairs are beginning to ring my soft muzzle. You smile at me;
I see love in your eyes. What do you see in mine?
Do you see a spirit, a soul inside who loves you as no other could in the
world? A spirit that would forgive all trespasses of prior wrong doing for
just a simple moment of your time?

That is all I ask. To slow down if even for a few minutes to be with me.
So many times you have been saddened by the words you read on that screen,
of others of my kind passing. Sometimes we die young and oh so quickly,
sometimes so suddenly it wrenches your heart out of your throat. Sometimes
we age so slowly before your eyes that you do not even seem to know, until
they very end, when we look at you with grizzled muzzles and cataract
clouded eyes. Still the love is always there, even when we take that long
sleep, to run free in distant lands.

I may not be here tomorrow; I may not be here next week. Someday you will
shed the waters from your eyes, that humans' have when deep grief fills
their souls, and you will be angry at yourself that you did not have just
"One more day" with me.

Because I love you so, your sorrow touches my spirit and grieves me. We
have Now, together. So come, sit down here next to me on the floor. And look
deep into my eyes. What do you see? If you look hard and deep enough we will
talk you and I, heart to heart. Come to me not as "alpha" or as a "trainer"
or even a "Mom or Dad", come to me as a living soul and stroke my fur and
let us look deep into one another's eyes, and talk. I may tell you something
about the fun of chasing a tennis ball, the scent of a cool spring breeze or
I may tell you something profound about myself, or even life in general. You
decided to have me in your life (I hope) because you wanted a soul to share
just such things with. Someone very different from you but yet a kindred
non-judgmental soul, and here I am. I am a dog, but I am alive. I feel
emotion, I feel physical senses, and I can revel in the differences of our
spirits and souls. I do not think of you as a "Dog on two feet" I know what
you are. You are human, in all your quirkiness, and I love you still.
Now, come sit with me, on the floor. Enter my world, and let time slow down
if even for only 15 minutes. Look deep in my eyes, and whisper to my ears.
Speak with your heart, with your joy and I will know your true self and you
will know mine. We may not have tomorrow, and life is oh so very short.

Love,

Max, (on behalf of all canines everywhere)


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May be reposted and shared freely as long as this credit appears with the
post given to J.D.Ellis 2001, rottweilerdriver@aol.com

おしまい




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そらくんはセンター出身保護パピヨンです。新しい飼い主さんに出会えそうです。うまくいきますように。
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2014年01月09日

保護と啓発


実際にあったケースを元に保護犬を引き取る決意をした人と保護活動家のお話。昨日の続き。

小さい頃から犬が常にいる環境で育ったその人を仮にAさんとお呼びしましょう。
結婚・出産・育児時代を経たAさんはお子さんが成長されて手が離れた頃犬を飼い始めました。
大型犬のやんちゃなオスのシツケに多少苦労しつつも飼い主には従順で非常にかわいい愛犬。
愛犬のためさらなるより良い環境を求めインターネットも始めましたとさ。

するとあれこれ情報が手に入るのは皆さんもご承知のとおり。
欲しかった情報のみならず知らないほうがよかったと思えるようなことまであふれ返る中、
飼育放棄や殺処分や保護活動の話題に犬飼いならば誰でも一度は気づいてしまうのではないでしょうかね。
そうしてAさんはビビビッとクる犬に出会ってしまうわけでして。

保護犬の新しい飼い主さんを探している時って、一番うれしいのはコンタクトです。
「飼い主に立候補します」的なものだけじゃないですよ。
返信用メールアドレスが「inunanteirane−ジーメール」でも、
「こんにちゎ」から始まる発音不可能文字のてんこ盛りでも、
書いてくれた住所が青山墓地で「広い敷地なので10頭引き取れます」でも、
明け方の4時頃ケータイが鳴って「まだ子犬いますかぁ?」と聞かれても。(全部実話)
お相手の疑問や要望に答えつつ、ついでに正しい犬飼い道にちらっと触れたりなんかしてね。

そんな感じで「去勢くらいしてあげないとかえって不自然でかわいそうなんですよ、なぜなら・・」
とお話させていただくところが、残念ながらAさんと分かり合うことはできなかったのですが。
また機会があればぜひご意見をお聞かせくださいねAさん。
犬だけカワイソウ!犬だけ救ってあげなきゃ!とがんばりすぎる盲目的な団体はまた別でも、
ヒトと犬の心の通った共存を大切にレスキューしているふつうの保護活動家なら、
犬という種全体に目を向けながら1頭と1人に最適な秘密をたくさん持ってるものなんです。

上から目線で言っちゃうと、保護活動家は犬を保護しながら同時に啓発をすべき。
啓発を成功させるには常に学び経験し目を見開いて誠実でいなければ。
あとできれば、ユーモアがあると尚いい。





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2014年01月07日

犬の飼い方


新年明けましておめでとうございます。
正月休みにもっさり降り積もった雪のおかげで持病の腰痛が悪化しまくりです。
腰くらい痛くてもパソコンには向かえるだろって声があちこちから聞こえておりますが、
今年もおそらくダラダラーとテキトーに更新してまいりますのでよろしくお付き合いください。
それでは本年のトップネタ、犬の飼い方について、早速吠えてみようと思います。

犬を飼うなら不妊手術(避妊去勢)をしなきゃ。わんわん。
あらら一行で終わっちゃった。

や、マジなんですけどね。
不妊処置に関する検索ワードでご訪問くださる方がわりといらっしゃるんですが、
その中で「正しい意見の去勢反対派」とか「避妊をやたら勧める人の断り方」みたいなのが最近目に付いて、
こりゃ犬の飼い方をそもそもわかっとらんなと思えちゃうことがあったんです。
新年早々(たぶん年中この調子)上から目線でごめんなさいね。
でもね、ほんとなんですもん。

その実態を一言で表すと「温度差」と言えるのかもしれません。
犬飼いさん同士の会話で、犬が好き、かわいがってる、の基本部分は同じはずなのに、
話せば話すほど温度差というか高低差というか、ありありと相違点が目立ってきて、
きっと価値観が違うんだわと自分を納得させたことのある方はたくさんいるんじゃないでしょうか。
一方が「そんなこともしてあげないの?」と思うのに対しもう一方は「そこまでするの?」みたいな。
よくありますよね。

で、中には本当に飼い主個人の価値観だけの捉え方の違いがあるんでしょうが、
犬飼い歴30余年のワタクシがまたもや上から目線で言い切りますと、
ポイントになるのは実は理解度のようなのです。
犬に対する、犬の飼育に対する理解度がどこまで進んでいるかいないかが分岐点で、
「飼い犬を未不妊のまま飼うことが自然で正しい」
「犬を飼うなら不妊手術をしてあげるのが優しく正しい」となる。

「未不妊状態」で「飼う」って、ものすごく不自然なんです。
ちょうどタイミングよく、保護犬の新飼い主に名乗りをあげた方の話を聞く機会がありまして、
以下、事実に基づいたフィクション混じりの〜。
未不妊の先住犬と暮らしていてその犬に不妊手術をするつもりはないけれど、
不妊済みの保護犬を引き取って育てたい、保護犬が不妊済みなのは理解できるしなんの文句も無いと。
さあて。これはなにか問題があることでしょうか?ないことでしょうか?

続きはつづく。





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2013年11月17日

かなりマズイ8週齢規制


平成24年9月5日に議員立法による改正動物愛護管理法が公布され平成25年9月1日より施行された
わけですが気にするポイントを見誤っている意見が多い印象。
なんのことなのか、まずは環境省の発表を見てみましょう。引用はじめ

http://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/1_law/revise_h24.html
動物愛護管理法 >平成24年に行われた法改正の内容

(1)犬猫等販売業に係る特例の創設

[4]犬猫等の繁殖業者による出生後56日を経過しない犬猫の販売のための引渡し(販売業者等に対するものを含む。)・展示の禁止(第22条の5関係)
 なお、「56日」について、施行後3年間は「45日」と、その後別に法律で定める日までの間は「49日」と読み替える(附則第7条関係)。

引用おわり。

なんでこういう決まりを作ることになったかと言うと、犬猫を売るのが目的であるケースにおいて、
子犬(と子ネコ)を早い段階で親兄弟から引き離すことで適切な社会化が阻害され、
代表的なところで吠え癖や噛み癖が飼い主にとって問題行動となり、飼育放棄を増やしてしまうのだ。
それを防止するためには社会性動物の成長の視点から、
最低でも生後2ヶ月くらいまでは親犬や兄弟犬と過ごさせて同種の愛情や噛む加減を覚えさせようじゃないか、
そしたら社会化の不足により飼い難い犬(やネコ)が飼育初心者をわずらわせることが少なくなり、
結果的に飼い主による放棄や殺処分が減少することにつながるだろう、、、

な感じの流れです。動物愛護団体やパブコメの意見も取り入れて中環審で決まりましたね。
んで、こういう問題に明るい弁護士先生や議員先生や各界有識者らは、
結局56日規制が実現されると決定してないんだから改正法に意味がないと嘆く愛護の人々に対し、
「時間がかかっても規制を目標にした流れだからご安心」的なことを仰っておられますね。

とまあ、この流れに喜んだりガッカリしたりさらに希望を持った人はたくさんいる気がしますが、
冒頭に書いた見誤っているポイントとは、
ふつうの繁殖場は8週が10週だろうと20週だろうと社会化の手伝いなんかしない
ということを見落としてるだろと思う点です。

子犬を生産して出荷することで生計をたてている繁殖場での「母子兄弟同居期間」は、
想像以上に短−−−−−−−−−−−−−−−−いのが普通ですから。
とくに母犬にダラダラと乳をやらせてたらスタミナは減るわ次の発情が遅れるわ掃除に手間はかかるわで、
さっさと分けて母犬は出産場所から元の小屋に戻しますし、
子犬は子犬だけで固めておく方が熱源も最小で済むし餌やりと掃除の手間も軽減されるんです。
それから、親犬(たいてい母犬だけ)の社会性がなされていないのが普通どころか、
子をガリっと噛みすぎちゃうから最初から人工哺乳しているケースも山ほどだし、
当然シツケもされてないんでギャン吠えするわ尻癖は悪いわついでに性質も健全性もあったもんじゃない。

良き家庭犬の下地を作る環境そのものがなにも無い、かえって時間とともに悪影響を及ぼす場所に、
長く置けば置くほど早すぎる巣立ちより良くない結果が待ってますよ。
そんな所出身でもヒトには慣れるんですけどね。

審議会の議事録はけっこう見てますが全部覚えてないんでもしかしたら勘違いかもですが、
動物愛護部会の方全員で犬を生産している場所を最低でも10ヶ所は見て回ってくださいよ。
なるべく頭数の多い所を。
見てないよね?300頭とか400頭とかひしめいてる繁殖場が全国にあるのに。

じゃないとこの8週齢規制は無駄。もっと問題を増やす。
ワタクシのパブコメ意見が見向きもされないから不貞腐れてるんじゃないですよ(笑
(生後56日を過ぎなければ店頭展示も出荷も禁止という案に大反対でした。今も)
放棄したくなるほどの問題行動や気質難・不健全性を持たされた犬はね、
ほとんど大多数がテキトーな繁殖と幼齢期のテキトーな育成で誕生させられてるんです。
科学的なデータを用意できないから「飼い主次第だ」と言いきる業者には負けますけどね★




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2013年10月10日

「動物の遺棄・虐待防止ポスター」更新

ポスターの更新日がいつなのかはわかりませんが環境省からの引用。
env_logo1.gif
環境省はココです ↑

環境省ポスター遺棄・虐待防止.jpg


pdfから自己流変換したため滲んじゃいましたがこう書いてあります。
「不幸な命を産み出さないために不妊去勢しましょう。」
「愛護動物を遺棄・虐待した場合100万円以下の罰金」
「愛護動物を殺傷した場合2年以下の懲役または200万円以下の罰金」
 (大きい太字原文ママ)

うちのネコがロシ系なので気になっていたポスター。
こーゆー見て楽しめない系のどこにでも貼りにくいポスターにインパクトは必要だけど、
これ国がわざわざ作らなくてもいいんじゃないのと思ったのは本音。だって何番煎じ?

飼い犬に不妊処置をしたくない人は、たいていの場合、不幸な命を自分が生み出すつもりなんかないわけで。
少なくとも子を産ませる目的を欠片も持たない人にはこんな言葉は伝わらない。

ありすぎるほどよくある話に骨格の異常や関節炎などなどの病状を理解しないか軽視する飼い主に、
散歩嫌いだと思い込まれて本当に戸外を知らずに室内ケージ内でしんみりと暮らす犬は、
もしかしたら殴る蹴る的な扱いをされるより虐待に近いのではとしょっちゅう思う。


20100313115744910.jpg


国より自由な地方と混ぜて考えてもいかんけど、この埼玉県のポスターは環境省のと同じ言葉を使ってて。
ストップ動物虐待、の文字を右下でこじんまりさせて抜け殻写真を際立たせて、
不幸な命を生むことへの否定に対し不妊・去勢手術は動物への愛情ですという肯定文がイイ。



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気に入っちゃった季節感まる無視ペンペントリオ

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2011年10月21日

犬業界の闇の作り手の話

この業界の闇と聞いて浮かぶものの一つにペットオークション・生体競り市がある。
ペットオークションは一般人の目に極力触れさせず行われるからか、人間目線の価値観で人身売買を想像したり
仕組みや流れなど実態が不明なためより恐ろしげで、ヤバイ方向に秘密めいた印象を受けやすく
社会が欲する合法的な商売であるのに、動物愛護に目覚めた人の大半が嫌悪感を持つ。

犬業界の善悪の基準は最初から最後まで人間本位だ。まあ当然だ
ショップのショーケースに陳列されるまで犬たちが身を置く場は大概閉鎖的で、業界の闇部分が隠れ、
ちょっとググるとそれはそれは痛ましい事象に触れることもある。
仕入れた直後に具合の悪くなった子犬が人知れずショーケースの裏で死んだなんてのは序の口で
週に一度の事業系廃棄物引き取り業者が来るまで死体をクーラーボックスに突っ込んでおくのもザラだ。
誇張も多いので要注意だが
血も涙も無い非情な扱いを初めて知った一般飼い主はヒトの心を持たない所業と罵るが、
店側としては商売をしている以上コストはもちろん公衆衛生面も重んじるのは当然で、
死んだ子犬を煮て食うわけじゃないんだからクーラーボックスは善だ。

ここでの闇とは主にヒトの益のため犬が一方的に損を被る的な意味だがさて、その闇は誰が作っているのか。
お金が好きなギョーカイ人が生き物の命よりも愛するお金を重視するから闇ができる、
みたく漠然と考える意見もあるだろうけど、実はオカネスキー以前の理由がある。
犬業界の闇は犬業界の闇を見たくない人が作っているんだと聞いて
ああそうかもと感じてくださる人が一人でもいれば当ブログの更新頻度が上がるかもしれない。ウソごめん上がらない可能性のほうが高い

ジャーナリスト山下氏のブログでこういう記事を読ませていただいた。
犬業界「もたれ合い」の構図 (2011年10月03日)
「健全な犬種の維持と発展」に尽力すべき大手畜犬団体の幹部(当時)が、
あろうことか目に見えるほどの「健全でない犬」を流通させた張本人だったのだという。
読んだ瞬間驚き、根本から腐っていると悲しんだり、とんでもない悪だと感じるかもしれないが、
同時に「畜犬団体の幹部が競り人を兼務」が嘆かわしく思えるのはどうしてなのかの疑問も湧く。

ペットビジネスの一歩先を読む総合サイトなペットビジネスサテライトより引用   *転載じゃなく引用ですからご安心を*
http://www.petservice.co.jp/yh_pet/36.html
愛犬家の心情、業界の風潮からすると子犬の競り市場には負のイメージがあり、多くのペットショップは「当店は競り市場から仕入れたりしない」と公言しています。
ところが、どうしてどうして、競り市場は多くのペットショップの社交場の様相です。(ショップ名の入った車では来場されないようです。)

競り市場の光景をテレビ放映したいとテレビ局から申し入れがあり、反対意見もありましたが、実現しました。
ただし、この当日、テレビカメラが回っている間は競りの金額を実際の2倍でやりとりする事になりました。
つまり8万円で落札したら、4万円払う事になります。


上の文のとおり、人々が見たがらないから見せないだけで、
誰かが見たい・見たくないに関わらず、闇を含んだ犬の流通は人々の為に起きている。
犬業界に限らなくても世間一般の光・善のために業界内に大小の闇・悪が存在することはよくあるが
偏った動物愛護が流行しているここ最近(と表現せざるを得ない時代と思っている)では、
人々が見たくないものを見ずに済ますことのシワ寄せが自由も言葉も人権も持たない犬たちに溜まる。

だって1頭のオスと1頭のメスの合計2頭の愛犬の繁殖を年1〜2回行いネットで子犬の飼い主探しをやるのと
10頭のオスと40頭のメスの合計50頭規模の繁殖場からペットオークションに子犬を卸すことは目くそ鼻くそなのに、
両者の違いを上っ面だけで感情的に判断するのが現代の動物愛護の「フツー」だ。
10人中7人くらいは頭数が多く見た目が不衛生だったりの繁殖場を滅すべき悪徳と言い
このブログのうちの犬たちカテゴリのようなそこそこ楽しげな雰囲気の一般家庭で繁殖が行われると
愛情たっぷりで幸せに包まれた良い繁殖と10人中8人が思うだろう。
繰り返すがそれは目くそ鼻くそだ。



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2011年02月07日

繁殖引退犬は本当にレスキューか

第2弾もよろ 繁殖引退犬が意味すること

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犬のレスキューがハイスピードで一般的になってきている。
未だに犬の入手方法はペットショップかネットショップで
子犬を買うことが主流ではあるが、
保護犬を手に入れて飼うという方法があることがかなり広まってはいる。

その保護犬の中に、繁殖者から直で保護主の下にやって来た、
いわゆるブリーダー放棄犬と呼ぶ犬の話しをよく聞くが、
機会があってさらに詳しく聞いてみると、
本当に繁殖者が飼育放棄した犬を引き取っていることがよくある。

ブリーダー放棄犬の引き取り方法(入手経路)は大きく3パターンに分けることができる。
1つめは繁殖業が立ちいかなくなった・廃業する・誕生させたが飼育はできない・・
などの理由で繁殖者がセンター・保健所に持ち込むことで来歴が判明するケース。
犬の正確な誕生日やそれまでの暮らしまではわからないことが多い。

2つめは1番と同じでセンター経由か直接のどちらも愛護団体が一旦保護し、
愛護団体経由で一般の飼い主に譲られて来歴が判明するケース。
これは愛護団体の姿勢如何で血統書データも手に入れることが可能なのだが、
多くの愛護活動家は商売絡みの繁殖をやみくもに毛嫌いする傾向があるため、
血統書=ブランドのタグか血統書=乱繁殖に悪用、として、
大切な情報と新たな啓発の機会を自ら消していることが多々ある。

3つめは値段のついている子犬を買うのではなく、
(過激な表現に感じられたら申し訳ないが)不要犬としたものを
繁殖者から直接譲られることだ。
近頃ではとくに繁殖引退犬を出す・もらうことなどは流行にさえなっていると感じる。

このどれもが保護犬であることは別に間違ってはいない。
細かい状況はそれぞれでも結局は誰かがイラナイとした犬を保護したのだから。
ただ、関わった生き物みんなにとってレスキューなのか、
ここんとこをよく考えてほしいとちょっと思ったりする。
関わった人間だけではなく、生き物みんな。

曰く「今まで頑張ってくれたこのコに第二の人生を」たら
「立派に役目を果たしたこのコに家庭の愛情を」たら
ウツクシイ言葉、アイジョウアフレル表現を疑問に思うことは、
次なるレスキュー対象犬誕生の歯止めに関わるのではないだろうか。




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2011年01月28日

なにがぎゃくたいか

暗くて固いタイトルの時はひらがなにしてやわらげてみる。
やわらいだのか?

動物を虐待すると、動物愛護法に反してるとか愛護精神を持たない、とか言う。

goo辞書より
ぎゃく‐たい【虐待】[名](スル)むごい扱いをすること。「動物を―する」
例文にまでなっちゃってるように、動物にむごい扱いをすることが虐待のようだ。

むご・い【▽惨い/▽酷い】[形][文]むご・し[ク]
1 見るにたえないほど痛ましい。残酷である。「―・い死に方」
2 思いやりがない。無慈悲である。「―・い言葉」
[派生]むごさ[名]


ほほぅ。
言葉はわかりやすいな。
簡単にざんこくなぎゃくたいの光景が浮かびおる。

ぽち@さん撮影 エリコ

だがしかし。
ワタクシたち一般の飼い主が思い浮かべる虐待とは、
よーく考えてみると衛生状況とヒトの手に比重を置いているのが見えはしませんか。
この写真のコは、今現在はお天気の良い日に無理のない運動をさせてもらい、
暖かな部屋でおいしいものを食べてニンゲンと先住犬が優しく見守る家庭で毎日を過ごしている。
ちょっと前までは耳の穴が見えないほどの垢にまみれた痒い痒い耳を、
掻きたくて伸ばす不自由な後ろ足が2センチしか動かない体で気が狂う毎日の末、
あらゆるものに反応せず心を殻でガードし無気力な日々だった。

そういう境遇の犬が、愛情あるニンゲンの下に行けたことは、誰もが喜ぶ。
このコは幸せになれた、虐待されていた環境から救出された、
世の中には他にもこのコのような不幸な犬がいるけどまずはメデタシ。

メデタシ?本当に?このコは複数頭の子犬を産んでるのに?
産んで生き残った子犬は全部ペットショップで売りさばかれたのに?
このコは今、たぶんとても幸せだ。
売りさばかれた子犬ももしかしたら幸せだろう。
でもそれでいいの?
虐待は本当に無くなったことになるの?




エリコの子犬たちが子犬を産まされた確率なんパーセントかな

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2011年01月15日

小さな命に止まらない涙

って表現がちょっぴり苦手です。

犬のいのちは別に小さかない。
ワタクシとうちの犬ネコたちは、生き物としては同等。
種族が違うだけで個々に与えられた命の重みは一緒だろと思います。

でもね!
チイサナイノチヲ守るーって、慈悲深い人々には
現に人間の采配で生きて死ぬことしか許されない犬たちを守る、
とゆー思いがあるのだと考えることにしてます。

動物愛護の世界にとっぷり漬かって(変換ミスではない)いると、
けっこうな頻度で涙が止まらないという書き込みを目にします。
たとえば自家繁殖で死産があった時とか。
生まれたばかりの子犬が死んだ様子や死んで生まれてきた子犬の話を
その繁殖者さんが哀しみとともに書き綴ったーなんてね。

そのかたを慰めたくてか、もののあはれに共感してか、
まあ根っこは優しさなんでしょうが、涙が止まりませんてね。
そこでもしも致死遺伝が働いたんじゃないのなんてうっかり書いちゃうと、
ずいぶんと場の空気が悪くなるんですけどね。

たいていの場合、真実は何よりも優る!
と信じているのでクチが悪いのかもしれません。ワタクシ。





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2008年03月13日

里子という言葉の問題〜お犬様

犬を犬扱いすることって、とても正しいことで。
人それぞれ色々な考え方があるのは当然だけど、
正しいことというのは、そう何通りも無いわけで。

ワタクシはうちの犬たちをうちの子と言うし、
小太郎がママーと呼びかけていると思い込んでいるけど、
やっぱり小太郎は犬だから、ワタクシは自分の子どもだとは思っていない。
ってゆーか現に違うし。
産みの子と同様に可愛がってたいせつに育てて毎日幸せに暮らしているけれど、
たまに人間の家族に内緒で人間よりお高い食べ物を食べさせたりしているけれど、
それは人間の家族と同様に愛おしいからであって。

犬の飼い主を探す時、里親・里子という言葉を犬好きたちは普通に使う。
多分そもそもは行き場の無い捨て犬の飼い主さんに対して使い始めたんだと思う。
ペットブームが起こって猫も杓子も子犬を増産してあちこちで売買がおこなわれ、
「うちの犬っころが産んだ子犬を買ってください」って言うより、
「我が家で誕生した可愛らしい子犬の里親さんを募集します」
のほうがやわらかい、優しい感じだから。
日本人らしい、婉曲な言い回し。

ヒトの里親さんや里子にあたるかた、そのことに直接関わるかたがたの中には
この言葉はとても複雑な事情があるデリケートな事柄だから、
犬やら猫やらに安易に里親・里子と言わないでほしいと考えるかたがいらっしゃる。
ワタクシはまったくその通り、と思う。

犬側の人々も決して安易に使用しているわけではない。
いわゆる里子を出す側・・とくに(繁殖者ではなく)愛護活動の側は
保護している多くの犬が一度は人間に捨てられて目の前にまで命の危険が迫った過去を持つので
今度こそ人間の家族同様にたいせつに育ててくれるかたに命を託したいと思う。
犬は捨てられたことを、ヒトが思うよりもずっと理解するから。
間違いなく放棄されるという恐怖を二度と犬に味あわせたくないと思う。
だって同じ命でしょう?という認識が共通だ。

繁殖者は、まともな繁殖をしている人ほど里子に出した・・と大っぴらには言わない。
犬は人間ではなく犬なのだと心底理解していなければシリアスな繁殖はできないから。
まあこれにはさらに細かい分類が必要なので、機会があれば今度掘り下げてみようか。

多くの犬飼いは、犬を家族の一員とし、小さな人間同然に扱うことを
気高く豊かな愛護精神に準じているように思っているのかもしれない。
そんな難しいこととは違うという人でも、自然に人間扱いしているケースがとても多い。
とくにネット上では「お宅の犬は」という人はすごく少ない。
たいていが「○○さんのおうちのワンちゃん」あたりだ。

実生活でもそう。
獣医師、動物看護士、トリマー、ブリーダー、ペットショップ・・
みんな「ワン」「ワンちゃん」。
お宅の犬なんてのは相手の犬どころか飼い主までも卑下した言い方と皆が感じているようだ。
ワタクシも何度もそういう空気を味わったことがあって、
「わんこ」なんて使うことがある。
実際にそのほうが話の流れがまろやかになる。
このへんが根っこになっていて、
飼い主を探しています・・じゃなくて、里親さん募集します・・になるのではないだろうか。

ワンちゃんはまだしも、犬をペットと言ったり家畜と言ったりすると
とてもヒかれる時も、ものすごく多い。
単なるペットではなくコンパニオンアニマルだという認識が主流になってきているそうだが
話し言葉としては伴侶動物であっても、飼っているのではなく伴に暮らしているのであっても、
すべてにおいて人間扱いしすぎる傾向はいかがなものかと思う。

犬は犬だ。人間ではない。
そう思うことは犬をたいせつにしないことと必ずしもイコールにはならない。
posted by あきこ at 00:54 | Comment(4) | TrackBack(0) | 動物愛護論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする